ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の人工呼吸器中止
【内容】
参考文献1)
・従来、日本の医療における意思決定は医師に委ねられており、患者が意思表示をする機会はほとんどなかった。逆説的ではあるが、ALS患者に対する人工呼吸器の使用が医師の間で受け入れられつつあり、患者の教育や選択の幅が広がることで人工呼吸を辞退するALS患者も出てきている。
・1993年のアンケート調査(902枚、回答率75%)では、ALS患者の46%が人工呼吸を使用。人工呼吸を行った患者のうち、21%は医師の勧め、10%は本人の希望、12%の患者は家族の希望、15%は本人と家族の話し合い、残りの42%の患者では、患者から詳細なインフォームドコンセントを受けることなく緊急処置として使用。人工呼吸器を使用しなかった患者のうち、35%は患者自身の個人的な希望、25%は家族の決断、医師の推薦が7%。
参考文献2)
・1990−2010の日本での単施設観察研究。気管切開と人工呼吸器使用で中央値74ヶ月の生存延長。多変量ロジスティック回帰分析で、年齢・発症から気管切開までの期間の短さ・配偶者の有無が、気管切開を行うかどうかの判断と独立して関連。
・(ディスカッションより)日本では、人工呼吸を開始した後、合法的に人工呼吸を中止することはできない。この研究では、気管切開を受けた患者で、その後生命維持装置の中止を希望し、人工呼吸の中止を決定したために死亡した例はない。人工呼吸の中止に関するガイドラインは、論文投稿者の施設ではまだ制定されていない。
・呼吸不全時の緩和ケアの課題として、耐え難い息切れの緩和のためにオピオイドを使用することは、日本では一般に受け入れられていない。今後、日本におけるACPや終末期医療において、緩和的鎮静の使用に取り組む必要があると思われる。
参考文献3)
・欧米では、人工呼吸器装着後、気管切開に至る割合が低い。英国の研究では0%、カナダ では1.4%、アメリカでは1.4~14%、フランスでは2~5%、ノルウェーでは男性7%で女性3.8%、イタリア30%、デンマーク22%。
・日本で気管切開が広まっているのは、日本の伝統的父権的医療倫理(患者の幸福が最も重要な道徳的ルールであるという医師の信念と結びついた「医師が一番よく知っている」という日本の伝統的な父権的医療倫理)、日本の診療報酬制度、家族の貢献などが指摘されている。社会的、文化的、宗教的な違いや医療アプローチの組み合わせにより、患者が気管切開人工呼吸を受けるかどうかに決定的な影響を与えることを示している。グローバル化によって”Japan Bias”は消えるのだろうか?
参考文献4)
・アメリカの神経内科医は自分自身がALSになったと仮定しても気管切開による人工呼吸器を患者に勧めることは少なく(80%),自分で選択しない人が多かったが(76%),日本の神経内科医は気管切開による人工呼吸器を患者に勧める一方で(勧めないと回答したのは36%)、自分では選択しない人が多かった(72%)。
・(結果に対する)別の説明として、日本の神経科医は患者に対して気管切開による人工呼吸器を勧めるという一般的な社会的選択肢を表明しており、これは日本で影響力のあるALS協会のメッセージであるとも言えるかもしれない。
・日本では状況は曖昧である。気管切開中の人工呼吸器中止に関する特別な法律はなく、厚労省のガイドラインもあるが、中止が検討されることはほとんどない。神経科医が提案しても、病院倫理委員会や病院管理者は、訴追から法的に保護されないので、通常拒否する。
参考文献5)
・人工呼吸器からの自己意思による離脱は専門医の間でも意見が分かれるところであるが、現在、法的な整備はなされておらず、全体としてのコンセンサスも得られていない。
【コメント】
・1993年の時点では、人工呼吸器の導入については、臨床医と家族が決定していた。そして2010年くらいまではACPもオピオイドの使用も緩和的抜管も極めて珍しいものであった。2016年の時点ではまだ全体的なコンセンサスはないものの、昔と比較すれば現在は、信じられないくらいに進歩したと言っていい(が、欧米から信じられないくらい遅れていると言われれば、そんな気もする)。
・一般的にはTime limited trial(希望がよくわからない時は緊急時は挿管しておいて、確保した時間で本人の意思を確認する努力をする)やACPの存在もあり、”本人がどう思うか?”ということを確認する努力がなされれていると思う。倫理的には治療の差し控えと、途中で中止することは同等である。しかし、ALS患者においては意味合いが異なる様である。
・なぜなら、何故かALS患者において、人工呼吸器の中止時に注意すべきこととして、医療倫理4原則のいずれにも影響を与える5つ目の因子として”世間?的同調圧力”が存在するからである。ナンシー・クルーザンの1件でも、”ナンシーを救え”という運動家がどこからともなく出現した。
→https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2007/PA02724_06
患者や家族の意思決定プロセスが適正であっても、世間?(時に、神経内科医など医療者も含む)から非難されることを想定し、関係者を守る必要がある。
→https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t340/202011/567700.html
とはいえ、報道になっていないだけで、誤解に基づいていないACPを十分吟味した上での人工呼吸器中止はひっそりと行われているのではなかろうか?
【参考文献】
1)Borasio GD, Gelinas DF, Yanagisawa N. Mechanical ventilation in amyotrophic lateral sclerosis: a cross-cultural perspective. J Neurol. 1998;245 Suppl 2:S7-S29.
2)Tagami M, Kimura F, Nakajima H, et al. Tracheostomy and invasive ventilation in Japanese ALS patients: decision-making and survival analysis: 1990-2010. J Neurol Sci. 2014;344(1-2):158-164.
3)Vianello A, Concas A. Tracheostomy ventilation in ALS: a Japanese bias. J Neurol Sci. 2014;344(1-2):3-4.
4)Rabkin J, Ogino M, Goetz R, et al. Tracheostomy with invasive ventilation for ALS patients: neurologists' roles in the US and Japan. Amyotroph Lateral Scler Frontotemporal Degener. 2013;14(2):116-123.
5)臨床神経 2016 年 56 巻 4 号 p. 241-247
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