集中治療の勉強・雑感ブログ。ICU回診でネタになったこと、ネタにすることを中心に。コメントは組織の意見ではなく、自分の壁打ち用。

自己実現的予言が患者の予後を悪くしている

2022年10月23日  2022年11月11日 

 【話題になった論文】

Becker KJ, Baxter AB, Cohen WA, et al. Withdrawal of support in intracerebral hemorrhage may lead to self-fulfilling prophecies. Neurology. 2001;56(6):766-772. 

【結論】

・自己実現的予言(self-fulfilling prophecies)とは、”自分の予想が当たるように行動した結果、まるで事前の予言が実現したかのような結果を招くこと”。筆頭著者であるBeckerは、それまでに予後が悪いと言われていた60cm^3の脳出血でGCS8以下の患者でも機能的自立(modified Rankin Scale 3)を達成した患者がいることを示し、「脳神経外科医が脳出血患者の頭部画像をみて予後が悪いと判断する→治療を撤退する→実際に患者の予後が悪くなる」という、脳神経外科医の自己実現的予言を看破した

【内容】

・研究は1994〜1997年の単施設データを用いた後ろ向き研究。CTおよびCTAでテント上脳出血のある患者が対象。除外は外傷患者、CTスキャンや追跡調査で腫瘍、くも膜下出血、動脈瘤、その他の血管奇形を認めた患者。
・臨床データを盲検した2名の神経放射線科医が画像を読影→神経内科医と脳神経外科医に匿名で治療の無益性についてアンケートを行う。アンケートには、救命処置に値すると思われるmRSに基づく機能回復の度合いも含まれる他、4つの実際の症例が簡単に紹介され、回答者は、4つのうちどの判断するかを回答した。選択肢は、A)減圧手術を選択する、B)患者が悪化した場合のみ手術を行う、C)積極的な内科的治療のみを行う、D)支援を打ち切る
・4つの症例は、
症例1)糖尿病の既往がある58歳の女性で、無反応で発見された。挿管され、病院に搬送された。CTで74cm^3の左頭頂・後頭部出血を認め、広範な脳室内穿破をしていた。正中線移動はなかった。GCSスコアは8Tであった
症例2)32歳の女性で、薬物乱用の既往があり、意識不明の状態で発見された。CTでは右側頭部を中心とした139cm^3の出血があり、20mmの正中線移動を伴っていた。頭蓋ヘルニアを呈していた。脳室穿破は認めなかった。GCSスコアは6Tであった。
症例3)75歳の女性で、意識不明の状態で発見された。病歴は冠動脈疾患と乳癌。初回のCTスで右前頭葉に139cm^3の脳内出血が発見され、10mmのshiftが認められた。脳室内出血を認め、GCSスコアは7であった。
症例4)42歳の女性で左半身不随を急性発症後に失神した。既往歴はアルコールと静脈内麻薬の乱用。最近、僧帽弁と大動脈弁の置換術を受けワルファリンを服用していた。初回CT検査では右前頭部103cm^3の脳室内出血、9mmの正中線偏位、眼窩ヘルニアが確認された。GCSスコアは3Tであった

・結果、死亡した患者の76.7%(23/30)が医療支援を中止していた。多変量解析では,高齢(OR1.82/10歳, 95%CI 1.17~2.82)、正中線シフト(OR0.14, 95%CI0.02~0.76)、左半球病変(OR0.25, 95%CI0.07~0.91)は外科的介入を行わないことを予測した。
・アンケートより(回収率31/51)、医師は来院時のデータに基づいて予後を過度に悲観する傾向があることが示唆された。また、救命に値すると思われる機能のレベルは中央値でmRSスコア4と判断していた。
症例1)外科医が減圧術を選択する傾向がみられた。経験値による回答に有意差はなかった。
実際にはこの患者は積極的な内科的治療を受けたが、外科的治療は受けなかった。多くの合併症が発生した。6 週間後のフォローアップではmRS スコアは 5 であった。
症例2)3分の1近くが治療から撤退すると回答。実際には患者は手術室に運ばれ、緊急開頭血腫除去術が行われた。6 週間後のフォローアップでは、mRS スコアは 3 であった。
症例3)回答者のほぼ50%が治療から撤回すると回答。脳神経外科医では、外科的除圧術を行うとの回答が有意に多かった。実際には入院後約48時間で手術室に運ばれ、開頭血腫除去術が行われた。6 週間後のフォローアップでは mRS スコアは 3 であった。
症例4)回答者の 50%強が治療から撤退すると回答。実際には開頭血腫除去術を施行、神経学的検査は改善し、開眼、命令に従い右半身を動かすようになった。術後 3 日目に経食道心エコーで大きな僧帽弁疣贅と僧帽弁閉鎖不全を指摘され、入院後7日目に僧帽弁置換術を施行した。6 週間後のフォローアップでは mRS スコアは 3 であった。

【コメント】

・面白い研究。全ての医師に一般化できそう。つまり、脳神経に関わる医師のみならず、全ての医者は常に自己実現的予言に陥っていないかをモニターしておく必要があるということ。
・日本だとこのような論文出すと、エライ大学教授陣から総叩きにあいそうなものだが、Becker先生は大変な目にあわなかったのだろうか?
・集中治療医はどうやったら脳神経外科医と分かり会えるのか、と考えている人種である。相手の理解のためにも必要なワードである。

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