肥満の経皮的気管切開術
【肥満の経皮的気管切開は安全なのか?】
A. 病的肥満(BMI≧40)でなければ安全。
・肥満度が高くなると、前頸部の脂肪組織が増加するため、手術手技の難易度が増すだけでなく、気管切開チューブとストーマの間にサイズの不一致が生じる危険性がある(1)。
・BMI≧35後ろ向き研究では(n=143)、経皮的気管切開も外科的気管切開も合併症発生率は変わらなかった(2)。
・また、平均BMI64の超肥満患者31名を含む後ろ向き研究では、超肥満患者全体的な大小あわせて合併症率は19%(6人)で、事故抜去は3%(1人)に発生した(3)。BMI≧50を越えた群では、30〜50群と比較してベッドサイド経皮的気管切開を選択される割合が低かった(29% vs 94%, p<0.01)。
・(私見)肥満患者だけがリスクの患者において経皮的気管切開は安全といえそう。懸念は、海外の発表は軒並みBMIが高く、ある種慣れた医師が多いと思われる。それでもBMI≧50ともなると経皮的気管切開を選択するケースが低くなる。日本に振り替えて考えるとBMI≧35〜40は、外科的気管切開を検討するということでよさそう。
【肥満では気管切開チューブは何を選択するか?】
A.BMI≧30または気管前面軟部組織厚≧25mmでは、長さを調整できる気管切開チューブを検討。それ以外では、従来の単管チューブを使用。
・通常の単管式気管切開チューブは、気管軟部前面の組織の厚さは25mmまでとする報告がある。これは、チューブウイングとバルーンまでの垂直方向の距離が30mm程度であり、これ以上気管軟部前面の組織が厚いと皮下でバルーンが膨らんでしまう可能性があるためである(4)。
・前述の平均BMI64を対象にしたアメリカでの研究では、超肥満群の52%に長さを調節できる気管切開チューブを使用していた一方で、肥満群(BMI30−50)では6%であった。
・イタリアでのBMI≧30を対象にした後ろ向き研究では、長さを調節できる気管切開チューブは安全で合併症が少ないと報告している。ただし口演のアブストラクトのみで詳細は不明である(5)
・(私見)上記結果から、必ずしも肥満=長さを調節できる気管切開チューブというわけではなさそうである。個人的にはBMI≧40に遭遇するのは極稀であるため、ガードを上げておくためにもBMI≧30が無難であろう。また、気管前面軟部組織厚≧25mmというのは1つのカットオフとして心に留めておいて良さそうである。手技前にエコーまたはCTで確認しておく。
【肥満では気管切開チューブをどう固定するか?】
A.2点縫合で固定。症例に応じて、4点固定を検討する。
・致命的なのは気管切開チューブの閉塞と皮下組織への迷入である。BMI≧40の病的肥満患者では合併症発生数に対する致命的合併症の割合が多い(22% vs 29%, p=0.001)という後ろ向き報告がある(6)。
・気管切開チューブ固定についての研究はない。
・上下左右の4点固定で“複管タイプ以外の気管切開チューブが抜ける危険性を軽減することができる”とは推測提言されている(7)。
・(私見)CVなどではどの縫合固定法が優れているか研究が複数あるが、気管切開後の固定方法については特に検討された文献は見つからなかった。過去の事故例から推測された提言はあるものの、科学的な検討がされているわけではないので、真に4点固定が優れているのかは不明である。緊急時には4点固定では抜糸の時間がかかることや、縫合を追加することで皮膚トラブルが増える可能性があることなど、4点固定のリスクも存在する。今のところ2点固定を上回るメリットがあるようには思えない。気管軟部組織前面の厚さが30mmギリギリの症例などでは4点固定でもいいかもしれない。
【参考文献】
1)Tracheostomy in Critical Ill Morbidly Obese. Crit Care Clin 26 (2010) 669–670
2)Heyrosa MG, Melniczek DM, Rovito P, Nicholas GG. Percutaneous tracheostomy: a safe procedure in the morbidly obese. J Am Coll Surg. 2006;202(4):618-622.
3)Marshall RV, Haas PJ, Schweinfurth JM, Replogle WH. Tracheotomy Outcomes in Super Obese Patients. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 2016;142(8):772-776.
4)気管前面の軟部組織肥厚を伴う症例に対して可動式気管カニューレを 用いた経皮的拡張式気管切開術(PDT)を施行した 3 症例の経験 人工呼吸 Jpn J Respir Care 2020;37:207-211
5)Marullo L, Izzo G, Torino A, D'Elia A, Vessicchio L, Ferraro F. Tracheostomy in obese patients: the best tube choice issue. Crit Care. 2014;18(Suppl 1):P320. doi:10.1186/cc13510
6)El Solh AA, Jaafar W. A comparative study of the complications of surgical tracheostomy in morbidly obese critically ill patients. Crit Care. 2007;11(1):R3.
7)気管切開術後早期の気管切開チューブ逸脱・迷入に係る死亡事例の分析(https://www.medsafe.or.jp/uploads/uploads/files/teigen-04.pdf)
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