集中治療の勉強・雑感ブログ。ICU回診でネタになったこと、ネタにすることを中心に。コメントは組織の意見ではなく、自分の壁打ち用。

心臓外科術後の肺動脈カテーテルをどう解釈するか?

2024年3月17日  2024年3月17日 

  【架空の症例】

透析患者のCABG術後、抜管帰室して数時間後である。
申し送りによれば、心臓外科医は腹部動脈の石灰化が強く、NOMIを懸念している。
術後6時間時点で状態は安定しており末梢循環不全を示唆する所見はなく、患者は創部痛以外の自覚症状がない。
ここまでのトレンドは血液ガスでの乳酸値はこの数時間正常値を維持しており、ドレーンからの出血はホトンとし、Hbは10g/dLで横ばいである。
ノルアドレナリン0.1γを使用している状態で、肺動脈カテーテルは以下の数字を示している。
SBP100、MAP60、RAP16、PAP30/16、PCWP17、CCO(Thermo)6.5、CI4.5、SvO2 82%(内シャントあり)

この時選択するのはどれか:
1. 外液500mlをボーラスする
2.昇圧薬(ノルアドレナリン)を増量する
3.赤血球輸血を行う
4.何もしない

【術後のVasoplegiaについて】

定義:
人工心肺使用後24時間以内に血行力学パラメーターとして心拍出量(CI)≧2.2L/kg/m2かつSVR<800dyne s/cm5に加えて、臨床像としてショックが起きた場合

病態生理:
人工心肺暴露により炎症性サイトカイン(IL6/IL1/TNFα)放出→アドレナリン受容体(α1)脱感作&NO産生増強→カウンターでATⅡとADHが分泌されるが時間経過で枯渇→ATⅡとADHと内因性ノルアドレナリンの作用低下により細胞内カルシウム低下→人工心肺中止による再灌流障害→著明な血管拡張

治療:
第一選択薬はノルアドレナリン≧0.2γ+バソプレシン≧0.06U/min(レビューでは”AND”と表記)
第二選択薬はメチレンブルー1-2mg/Kg(NO産生の阻害により血管収縮作用を発揮、ただし研究上は術中投与)

 【選択肢の検討】

静的パラメーターだけで行動することは無いものの、一般的な肺動脈カテーテルの原則的循環動態目標値は以下の通り。
・RAP(CVP)<10~15mmHg
・PCWP<18mmHg
・CI≧2.2L/min/m2

COが保たれており、SVRが540であることから、主病態は血管拡張と判断する。
ついで、以下2点から、輸液ボーラスの選択肢が消える。

1.輸液が必要かどうか判断する。透析患者であり尿量がでないが、それ以外には末梢循環不全を示唆する徴候はない。よって輸液必要性そのものがない。

2.患者群が違う研究ながらVASST試験では体液バランスが+で中心静脈圧が12mmHgを超える患者で死亡率が最も高いとされている。呼吸器設定や右心機能、不整脈の存在などCVPに影響を与える因子は多いが、CVP10〜15mmHgの中でも、12というのはある種、集中治療医にとって意識するラインではある。

赤血球輸血も、安定したHb10であれば不要である。そもそも赤血球輸血はDO2に介入するものであり、血液粘性上昇→CO低下となるため、血圧上昇には寄与しない。よって現時点では不要である(活動性出血では採血結果で遅れてHbが低下するため、ときに血液ガスのHbの数字に頼らず輸血を行うことはある)。

以上より、ノルアドレナリンを増量する、という選択肢を選んだ。
後は、ノルアドレナリンをピトレシンに変更するという選択肢がありそう。

【コメント】

・NOMIリスク患者にカテコラミンを使用することのどことはない気持ち悪さはあるが、Vasoplegiaらしい時にはMAP維持のために昇圧薬をためらわず使用するシーンを稀に経験する。きっとこの症例では、心臓外科医から「どうして輸液しなかったんですか?」と言われたに違いない。そして建設的な議論が行われて、心臓外科医と仲良くなったに違いない。

・このVasoplegiaにはノルアドレナリンとピトレシンの併用が好まれているようだ。術後Vasoplegiaに対するノルアドレナリン vs ピトレシンのRCTはいくつか行われているが(VANCS trialなど、Anesthesiology . 2017 Jan;126(1):85-93.)、ざっくりとした傾向では、死亡率→差はない、心房細動と急性腎障害→ピトレシン有利、となっている。高用量ピトレシンでは虚血リスクがあるけどノルアドレナリンの投与量は少なくしたい、という心象が”AND”にあらわれている様。術中からドブタミンを使用している症例などを除くと、敗血症に準じてノルアドレナリンを先行していたが、今後は併用が良いのかも。しかし、バソプレシン≧0.06U/minは多すぎでは?敗血症でも0.03U/minまでだが…

・なお、”心拍出量を上げたいので、赤血球輸血をしましょう”というワードを見咎めてはならない。些末なことで喧嘩してはならない。そっとしておくのだ。集中治療医へ理解がある若手心臓外科医がオペレーターになるまでのタイムラグがあるので、今はオペレーターに向かって言うべきときではない。(心臓外科術後の集中治療は遅れについては常々、臨床研究の種になると思っている)。

・観察研究では(Anesth Analg . 2011 Nov;113(5):994-1002.)、心臓外科手術において肺動脈カテーテルは輸液量やカテコラミン投与量が増加し、複合アウトカムが悪化することが指摘されている。こういったデバイスはモニターする側の理解に依存する。PACもなかなかお目にかからなくなったため、たまにはブラッシュアップが必要。
 

【参考文献】

Busse LW, Barker N, Petersen C. Vasoplegic syndrome following cardiothoracic surgery-review of pathophysiology and update of treatment options. Crit Care. 2020;24(1):36.

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