集中治療の勉強・雑感ブログ。ICU回診でネタになったこと、ネタにすることを中心に。コメントは組織の意見ではなく、自分の壁打ち用。

心不全の、引く(除水)技術

2024年5月19日  2024年5月19日 

 【どういう心不全患者群が利尿される対象なのか?】

ICUにおいて心不全の急性期治療3本柱は、
1.心拍出量の最適化(プロブレムの結果について攻める)
2.心不全となったソースコントロール(プロブレムの原因を攻める)
3.心負荷のアンロード(プロブレムによって発生する未来を守る)
この3つだと思っている(一般床退出くらいになると、慢性期治療へ移行して、リモデリング予防などまた別の治療ゴールが変わる)。
ただしこの3点セットは、自分がそう思っているだけである。
やっていることはほぼ心拍出量の最適化とダブっているので、意図が伝わりにくい。
まあ自分が思っているだけだから、というのもあるが、

いつもディスカッションで問題になるのは3つ目の心負荷のアンロード、である。
たいていのケースでは前負荷を減らす方に意思決定オッズが高い。
(急性経過の俗に言うCS1/Afterload mismatchなどでDistributionが主体である場合や急性弁膜症、右心不全などのケースでは前負荷を減らすアクションをとらないこともある)
過去の論文ではどういう患者の病像か、患者の特徴最頻値を考慮して合成してみる。

DOSE trial:
・組入基準:24時間以内に急性心不全を発症し、少なくとも1つの心不全症状(呼吸困難、起坐呼吸、浮腫)と1つの心不全所見(ラ音、末梢浮腫、腹水、胸部X線検査での肺血管うっ血)が認められれ、慢性心不全の既往歴があり、入院前少なくとも1ヵ月間、経口ループ利尿薬内服している(フロセミドまたはその換算で1日80mg〜240mg)。
・主除外基準:収縮期血圧が90mmHg未満、血清クレアチニン>3.0mg/dL、心不全のために血管拡張薬または強心薬(ジゴキシンを除く)の静脈内投与を必要とする患者

病像:66歳の白人、男性。普段ベースのフロセミドが130mg/dayでβ遮断薬を飲んでおり、1年以内の入院歴があり息苦しさを自覚している。来院時には下腿浮腫があり、レントゲンでも透過性低下を認める。エコーでEF35%、SBP120でNT-proBNP7500くらい。

ADVOR trial:
・組入基準:急性代償性心不全のため入院し、体積過剰負荷の臨床的徴候(すなわち、浮腫、胸水、腹水)が少なくとも1つあり、N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)値が1mlあたり1000pg以上、またはB型ナトリウム利尿ペプチド値が1mlあたり250pg以上の成人患者を参加対象とした9。さらに、無作為化前の少なくとも1ヵ月間、フロセミド40mg以上または同等量(ブメタニド1mgまたはトラセミド20mg)の経口維持療法を受けていることが必要であった
・主除外基準:収縮期血圧が90mmHg未満、アセタゾラミドまたはSGLT-2を内服している、eGFR<20ml

病像:78歳の白人、男性。普段はベースのフロセミドが60mg/dayでβ遮断薬を飲んでおり、NYHA3-4の症状。来院時には下腿浮腫があり、ベースのEF40%、SBP120でNT-proBNP6000くらい。

REALITY-AHF trial:
・組入基準:フラミンガム基準を満たした20歳以上で、ER受診した患者
・主除外基準:救急外来到着前に静脈内薬物治療を受けていた、透析患者、緊急血行再建術を必要とする急性冠症候群、BNP<100またはNT-proBNP<300

病像:79歳の日本人。普段は降圧薬くらいの内服。症状出現から6時間〜2日以上経過してNYHA3-4の症状となり救急搬送。搬送時には下腿浮腫と起座呼吸があり、単純X線でも肺うっ血像を認める。エコーではEF50%以下、採血でBNP740くらい。

【機械的心サポート使用中は除水する?】

基本3本柱は一緒である。
特にImpellaを使用していると、肺うっ血が目立たなくなり、肺動脈圧も低下、エコー上のMRなど視認できなくなるため利尿の指標が難しい。

この瞬間に水を引く気が失せるの、分かる。
非虚血ベースの低心機能でCI1.5くらいのうっ血性心不全+心原性ショックであっても、IABP使用しながら48時間で−3000バランスしているわけだから、やはり最善と思えば利尿に踏み込むべきであろう(EuroIntervention . 2019 Sep 20;15(7):586-593.)。

利尿(するなら)してみる→サポートを下げて確認、を繰り返しつつ、機会の前負荷減少による有害性(サクションアラームが鳴るとか、あるいは脱血圧が上がるとか)を確認するのが現実的。

【どうやって引くか?】

腎臓について3つの前提を抑えておく。
1.腎臓の灌流量は腎動脈圧と腎静脈圧の差によって決まる(=圧によって流量を調整しようとしている)。ここは神経体液性因子が関与。

2.糸球体濾過量(GFR)は、機能的糸球体の数、糸球体毛細血管とボーマン腔間の静水圧差、コロイド浸透圧差(スターリング力)によって決定される。なおこの時、糸球体→ボーマン嚢〜尿細管側へ限外ろ過が起きている。

3.糸球体毛細血管の濾過に有利な高圧系(皮質)と、尿細管周囲毛細血管の吸収に有利な低圧系(髄質)という、2つの異なる毛細血管床が直列に並んでいる。この毛細血管を2箇所通過するというのは人体で腎臓だけである。血管と尿細管は髄質→皮質に潜っていくが、途中でループを形成して皮質に回帰する(このループは圧勾配を形成して尿の濃縮に役立つ)。 腎間質および尿細管周囲毛細血管における静水圧と浸透圧の差が、近位尿細管におけるNa+と水の再吸収を決定する。

ファイル:2611 ネフロンの血流.jpg

心不全になると、
・腎静脈圧上昇→鬱血→腎灌流量低下→糸球体濾過量低下→近位尿細管での回収
・神経体液性因子亢進→ヘンレ上行脚でのNa再吸収亢進
・腎臓灌流量低下→溶質除去の効率低下(透析におけるQb低下と同じ、ということだろうか)→間質側の静水圧上昇→水分排泄障害

というわけで利尿するには、
1.腎臓脈圧↑、腎静脈圧↓
2.神経体液性因子をブロック
3.近位尿細管〜でNaと水の再吸収をブロック
 (ただし、近位尿細管は水再吸収機構のなかで最強部位で薬剤でのブロックは極めて難しい。2型尿細管アシドーシスの症状が激烈であるのを思い出す。近位尿細管のちょっと先であるヘンレループに作用する薬剤が、薬剤最強となる)

利尿の基本装備はフロセミドである。
フロセミドは、 以下の点で都合が良い。
1.血管拡張作用で腎静脈圧↓
2.レニン分泌刺激を行うマクラデンサ、の活動を阻害→神経体液性因子が活動するのをブロック
3.消化管吸収(経口投与の場合)→アルブミンと結合→腎臓への運搬→有機アニオントランスポーターによって尿細管周囲へ取り込まれる→近位尿細管内腔への分泌→ヘンレループのNa−K-Clチャネルブロック

なお、投与されたフロセミドの約50%は未変化のまま尿中排泄され、残り50%はグルクロン酸抱合により尿中排泄される。よって腎機能低下時にはフロセミドの排泄が低下するため有害事象発生に注意しておく必要がある(Na-K-Cl共輸送体は耳にも発現しているので耳障害が起こる)。

【コメント】

・”君たちは、引く技術がないよね”と言われた、その昔に調べたこと。調べてみて、確かにおっしゃるとおりで、技術なんてもの存在せず、あるのは論理だけであった。しばらく漬け込んでいたネタであったが、久々に似たようなこと言われたので再度勉強し直し。ただし、相手が求めている回答はこういった理論でない。

・仮に、低心機能の浮腫を伴う心不全症例で”Collapseするのが怖いので利尿あまりしないでください”と主治医が言いつつ、1or3号液と利尿薬の定時投与が入っていたのを目撃したとしよう。こういう症例を含めてフラミンガム基準(で主にNohria/StevensonでWetと判断されるような人[N/S分類は慢性心不全の分類であることに注意])を満たした患者群の多くのパターンがとりあえず監視下でもっと積極的に利尿して血行力学的鬱血の解除を目指してよいみたい(症例によっては絶対ではない)。まずそのルーチン1or3号液を止めるところから始めるとしよう。

・この入れながら引く、というのは秘伝のタレ状態で、連綿と若手に伝わっていくと推定される。特に、外科内科かかわらず手技の多い科では。まあ上司に症例の配分を握られたら刃向かえないのだから当然といえば当然。チベスナ顔になってはならない。なお、集中治療医はUp to dateや論文を片手に指導医に議論をふっかけることができるので気楽である。医者学年が患者を良くするのではない。これは妄想ではく(臨床現場から年々遠ざかっていく指導医にとってはとても残酷な)現実である。チベスナ顔になってはならない。

・とはいえ、入れながら引くという場面は存在する。例えば、大量のフロセミド使用で4〜5Lのマイナスバランスにしないといけない経過で、高Naが出現した場合である。自由水を入れつつラシックス+α(だいたいK補充が必要なのでアルダクトンはとても良く使う。血圧があればフルイトラン、これもよく使う。Contraction alkalosisがあれば流行りにのっかってアセタゾラミドもよく使う)を投与して高Naによるせん妄などを回避する必要がある。透析すればいいじゃん、という説もあるが…

・余談だが、スピロノラクトンはカンレノンに代謝されて効果を発揮する。スピロノラクトンはバイオアベイラビリティ60%で半減期16時間、カンレノンの半減期は9時間。早めに効かせたいときにはカンレノンを静注したほうが良さそう。

【参考文献】

Felker GM, Lee KL, Bull DA, et al. Diuretic strategies in patients with acute decompensated heart failure. N Engl J Med. 2011;364(9):797-805. 

Mullens W, Dauw J, Martens P, et al. Acetazolamide in Acute Decompensated Heart Failure with Volume Overload. N Engl J Med. 2022;387(13):1185-1195. 

Matsue Y, Damman K, Voors AA, et al. Time-to-Furosemide Treatment and Mortality in Patients Hospitalized With Acute Heart Failure. J Am Coll Cardiol. 2017;69(25):3042-3051. 

den Uil CA, Van Mieghem NM, B Bastos M, et al. Primary intra-aortic balloon support versus inotropes for decompensated heart failure and low output: a randomised trial. EuroIntervention. 2019;15(7):586-593.

Felker GM, Ellison DH, Mullens W, Cox ZL, Testani JM. Diuretic Therapy for Patients With Heart Failure: JACC State-of-the-Art Review. J Am Coll Cardiol. 2020;75(10):1178-1195. 

Ellison DH, Felker GM. Diuretic Treatment in Heart Failure [published correction appears in N Engl J Med. 2018 Feb 1;378(5):492]. N Engl J Med. 2017;377(20):1964-1975. 
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