ERASとはEnhanced Recovery After Surgeryの略。
術後侵襲からスムーズに回復するための具体的方法をみていく。
【心臓外科のERASガイドライン】
ClassⅠ
A オンポンプ心臓手術中のトラネキサム酸またはイプシロンアミノカプロン酸
トラネキサム酸は大規模RCTにて輸血総量↓、再手術を必要とする大出血またはタンポナーデ↓、高用量使用で痙攣発作↑。最大総用量は100mg/kgが推奨されている。OPTIMAL traialでの投与方法は、”トラネキサム酸高用量投与群には、麻酔導入後に30mg/kgのボーラスを静脈内投与し、手術中は16mg/kg/hの維持量を投与し、ポンプ中は2mg/kgとした”とあるので持続で投与された(JAMA . 2022 Jul 26;328(4):336-347.)。アミノカプロン酸は日本で使用できず、また経験もない。
B 周術期の血糖コントロール
SSI予防やPICS予防など意義は多岐にわたる。
B 手術部位感染を減らすためのエビデンスに基づくベストプラクティスのケアバンドル
ClassⅠA 手術前に局所鼻腔内除菌(ムピロシン)を行う。
手術30~60分前にセファロスポリン系予防抗生物質を静脈内投与する。
手術時間が4時間を超える場合には予防抗生剤を再投与する
ClassⅠC 手術直前にクリッピング(剃毛とは異なる)を行う。
ClassⅡb 手術前の皮膚準備にクロルヘキシジン-アルコールベースの溶液を使用する。
ClassⅡc 手術用創傷被覆材は48時間後に除去・交換する。
B 目標を定めた輸液療法
SVVとCOモニターして輸液反応性を用いたプロトコルが主流。例えばFAB研究が一例。有害事象や入院期間は変わらないが輸液投与量が500mlほど減っている。輸液1本分の減少効果がどれほど臨床的アウトカムを改善させるか不明だが、余計なことは少しでもしないほうがよいということは理解できる。
B 周術期の多剤併用でオピオイド温存した疼痛管理計画
オピオイドは鎮痛に優れる一方で、呼吸抑制・嘔気嘔吐・イレウス・便秘などの副作用がある。副作用を軽減するためには、多剤併用でオピオイド必要量を減らすことが推奨される。
アセトアミノフェン:最も安全。オピオイド使用を減らすRCTもあり、最も頻用される。
アセトアミノフェン以外のNSAIDS:心臓血管術後のAKIを増やすという指摘もある一方で、大規模RCT2本をまとめた事後解析では、AKI・縦隔炎・再開胸が必要な手術・30日の複合アウトカム(死亡+脳卒中+心筋梗塞)はNSAIDS使用の有無で変わらず(The American Journal of Medicine (2017) 130, 462-468)。ただし、どれくらいの期間使用して安全なのかは不明で、患者特徴から類推するに5〜8日間が限度といった印象。全体の30%が術後にのみNSAIDSを使用していたので、世界的にはルーチン使用というのはしていない様。NSAIDSの種類についてはナプロキセンがイブプロフェン、セレコキシブ、ジクロフェナクに比して心イベントを増加させず安全のようだが(Lancet 2013; 382: 769–79)、ロキソプロフェンに関しての強いエビデンスは不詳。どれくらいの試用期間が安全かはわかっていないが、4週間連用するとセレコキシブと心イベント発生に差がなくなってくる、つまり有害かもしれない、という印象(Am J Cardiol 2007;99:91–98)。
トラマドール:非オピオイド作用とオピオイド作用の両方を持つ薬で、オピオイドの必要量を減らす一方でせん妄リスクが増加する。
プレセデックス:オピオイドの必要量を減らす。せん妄を減らす。術後AKIを減らす可能性があるかもしれない。
ケタミン:オピオイドの必要量を減らす。鎮痛効果があり、せん妄を減らす可能性がある。
プレガバリン:手術1時間前と術後2日投与すると疼痛スコアが減少する。
ガバペンチン:術前2時間前に600mg投与すると術後の嘔気嘔吐や疼痛スコア、オピオイドの必要量が減る。
以上を組み合わせてレビューで紹介されているやり方は、
・ケタミン0.5mg/kgのボーラス静注を手術室で開始し、ICUで持続点滴する
・デクスメデトミジンの静注を手術室を出る前に開始し、ICUで継続する
・ガバペンチン300mgをPOD4まで8時間ごとに経口投与するか、75歳以上の患者には100mgを経口投与する
・アセトアミノフェン1gをPOD4まで6時間ごとに経口投与する
B 術後早期心肺バイパス後の持続的低体温(36.0℃未満)の回避
術後の低体温は早期に解決すべきである。一過性の低体温は珍しいことではないが、データベース研究によると持続性の低体温(>24時間)は有意な死亡率上昇と関係している(Anaesthesia . 2013 Jun;68(6):605-11. )。この術後持続的低体温は、 出血の増加、易感染性、入院期間の延長、そしてシバリングなどの有害な反応も引き起こすので早期に原因検索と解除、復温保温が必要となる。
B 留血を防ぐための胸腔チューブ開存性の維持
心タンポナーデや血胸の原因になる他、貯留した縦隔血が溶血→酸化的炎症プロセスを促進→胸水や心嚢水増加原因+術後心房細動を誘発となる。また血胸が多量に貯留すると長期的にはTrapped lungの原因ともなり呼吸器合併症を発生しうる。よってドレーンは詰まらせてはならない。ではつまらないようにミルキングは何もしないより良いのか?答えは分からない。コクランレビューでは痛みや不快感を起こす可能性はあるが、それ以外に副作用はなく操作の必要性についてはエビデンスはない、としている(Cochrane Database Syst Rev . 2004 Oct 18;2002(4):CD003042.)。研究がとても古く、これ以後のコクランレビューもなさそうであり、個人的にはドレーンが詰まった可能性を排除するために必要なら行うというスタンスである。
B 術後の組織的せん妄スクリーニングツールの看護シフトあたり少なくとも1回の使用
C 選択手術の4週間前の禁煙と危険なアルコール摂取の停止
→喫煙で呼吸器合併症、創傷合併症、出血性合併症、代謝性合併症、感染性合併症リスク増加。禁煙失敗患者は術後に喀痰が多く呼吸器合併症(無気肺形成)もしばしば見かける気がする。
Class IIa
B 腎臓ストレスの早期発見と術後の急性腎障害回避のための介入
研究上のバンドル(PREVEAKI study)では以下の通り(Intensive Care Med . 2017 Nov;43(11):1551-1561.):腎毒性のある薬剤を避けること、ACEまたはARB阻害薬を術後48時間中止すること、クレアチニンと尿量を綿密にモニタリングすること、72時間以内の高血糖と放射線造影剤を避けること、容積状態と血行動態パラメーターを最適化するためのモニタリングすること。
B 胸骨の治癒を改善または促進し、縦隔創傷合併症を減少させる可能性のある硬性胸骨固定の使用
胸骨深部感染の発生率は0.8〜6%であり、年間1例は必ずお目にかかる。これに対して2件のRCTあり。ワイヤー vs プレートでプレート使用にて術後6ヶ月後の創部治癒や胸骨合併症は少ない、再入院率23%低下、モルヒネ必要量87%低下。ただしプレートは価格の問題があるため、肥満・放射線療法後・重度COPD・ステロイドユーザーなどの高リスク群のみに使用することが一般的コンセンサスのよう。
B 複数の合併症を有するまたは著しい機能低下を伴う、待機的手術を受ける患者に対する術前リハビリテーション
ここでいうリハビリは教育、運動、栄養、社会的支援、心理的支援(不安の軽減)など多彩なものが含まれる(推奨の都合、術前にフレイルについてスクリーニングをすることも含まれているはず)。術前の2〜4週間の介入では効果が出ず、3ヶ月を超えるとコンプライアンスが低下するらしいく、またリハビリの内容は証明されたものはないようだ。
B 術後全患者の高血糖を治療するためのインスリン点滴
上記AKIや血糖コントロールに準じる
B 術後6時間以内の抜管を確実にするための戦略
心臓手術後の早期抜管は、コクランレビューでは入院期間は変わらない一方で、人工呼吸の期間と集中治療室の在院日数を短縮する。胸部外科学会(Society of Thoracic Surgeons)のクオリティ・オブ・ケアのベンチマークとして術後6時間以内の抜管という基準が採用されている。世の心臓外科医はこれに習って早期抜管したいと思う人種なのである。なお、6時間という基準は慣例的なものがそのまま採用されているだけであって根拠があるものではなさそうである。 早期抜管の成功因子は、クロスクランプ時間、術後正常体温復温、強心薬の使用回避などが関係している。
プロトコルも多数文献で出ているが、ICUの前から勝負は始まっているため、早期抜管を目指すならば心臓外科医はICUとだけ打ち合わせしても効果は得られない。
というわけで、この推奨の存在そのものには重要な役割がある。
当然ながら、まあ患者からしたら1秒でも早く問題なく抜管できるに越したことはない。それに加えて、ガイドラインにもこうかいてあるから6時間以内に抜管しようね、そのためにどんなことができるかな、みんなで協力しようよ(会話がなりたつ関係に育てたい)という質改善を導入する存在している。
C 教育、コンプライアンス、患者報告アウトカムを促進するオンライン/アプリケーショ ンベースのシステムを含む患者参加ツール
C 術後の化学的または機械的血栓予防法
C リスク層別化のためのヘモグロビンA1cの術前測定
データベースを用いた観察研究によれば胸骨深部創感染、虚血イベント、その他の合併症の有意な減少と関連。ただし、術前の厳密な血糖コントロールが生存率をはじめとした長期成績を改善させるかはよく分かっておらず、あくまで”リスク層別化のため”とするにとどまった。
C リスク層別化のためのアルブミン術前測定
低アルブミンは術後の死亡率上昇と関連している。これは術後に限らず、一般的にICUにおいて、低アルブミン(<2g/dL)は合併症発生や予後不良と関連しているので、心臓外科にも当てはまるのは了解可能。
C 実行可能な場合は、術前に栄養欠乏の是正を行う
ただし、これはアルブミンを補充することを意味しない。7~10日分の集中的な栄養療法を補充することで転帰が改善する可能性があるという研究はあるものの、十分なエビデンスとは言えず、いつ手術が可能になるかまでは教えてくれない。唯一、栄養治療にリスクが大きくないという点が評価されて、ClassⅡaになったという解釈している。
Class Ⅱb
C 全身麻酔の2~4時間前まで、透明な水分の摂取を継続する
C 術前(2時間前)の経口糖質負荷が考慮されうる
2〜4時間前まで透明な水分の摂取12時間以上の断食と比較して誤嚥を増やさない。よって、水分を飲んでも良いということになっているが、これらの研究はほとんど心臓外科手術以外の研究から外挿されたものである(Cochrane Database Syst Rev . 2003:(4):CD004423.)。挿管時に起こるもの、と仮定すれば、確かに心臓外科といえど挿管手技そのものが変わるわけではなく、妥当であろう。なお、心臓外科領域を対象にした研究でも誤嚥は増えないという研究もある。
もう1つの2時間前の経口糖質負荷については、術前の経口糖質負荷である。術前夜に400〜800ml、術前2時間前までに200〜400mlの糖入水分(というよりフルーツジュース。具体的には市販のレモネード400mLで内容物は48gの炭水化物で805mOsm/kg、みたいな)を飲む。メタ解析によれば、経口糖質負荷で動脈クランピング時間28%↓、ICU滞在期間50%↓術後必要なインスリンの単位数35%↓、強心薬使用↓と報告されている。ただし、介入方法や患者背景にばらつきがあることや、流石に大動脈クランピング時間は術者の腕やろ…とツッコどころ満載で、Solidなエビデンスとはまだ言えなさそう。ただ1つ言えるのは、患者が、口渇感を訴えている場合には、2時間前までなら禁飲水にする理由はないということ。
III(有益性なし)
(ドレーン内部をふくめて)血栓除去のために胸腔チューブの無菌野(ドレープ)を剥離または破ること
III(有害)
心肺バイパスでの再加温中の高体温(>37.9℃)。
→認知機能障害、感染、腎機能障害増加と関連するという。古い観察研究でOn-pump CABG患者を対象にした研究では、術後高体温は6週間後の認知機能障害と関連することが示唆されている(Stroke . 2002 Feb;33(2):537-41.)。この文献の表を眺めると、6週間後の認知機能障害の悪化に関して、95%タイルの下限をみると38.5度が認知機能スコア低下の下限のようである。著者等は高体温がフリーラジカル産生増加、基底神経節のグルタミン酸放出増加、細胞内アシドーシス亢進によって神経障害を起こしているという、実験レベルの結果を引き合いに出しつつも、”高体温が直接悪影響を及ぼしているのか、あるいは高体温の結果おきた何かが悪影響を及ぼしているのか不明である”、としている。たしかに、6ヶ月後となるとその間に何か起きていてもおかしくはなく、術後高体温だけが悪者ということではないだろう。
とはいえ、悪影響がでそうな要因は可及的に回避すべきである、有害とするのは納得。
なお、心肺側で再加温されて帰室した症例はいまだかつて見たことない。
文献が少なく推奨つかないが重要だと指摘されているもの
術前に貧血の原因を精査する
術中の人工心肺灌流と麻酔を最適化する
術中の肺保護換気
術後早期の栄養とリハビリ
【コメント】
・ ICUにおいて、心臓外科医はお得意様である。患者は心臓手術という大手術後にICUに入室するが、術前リスクはすべて調べられており、一般的には緊急ICU入院よりも死亡率はぐっと低い(それでも0ではないが)。一定数患者が入室してくれれば若手に病態生理や循環管理を教えたりする良い臨床経験数も稼げる。そして、臨床経験数が溜まってくればより良い患者ケアが提供でき、若手も実感が持てる、といういう良いサイクルを生み出すことができる。で、ICUにおいてどうやって心臓外科術後の患者をスムーズに退出させるか?という話
・どういうわけか、心臓外科の先生より、「術後一般的な管理について集中治療医が考えていることや知っていることをレクチャーしてください」といわれて、毎週レクチャーしている。本来は術後管理は心臓外科医の仕事ではないのだが、まだ集中治療医そのものが少なすぎて、各科の術後管理は各科の若手がするのが慣例となっている。この術後管理をつつがなくやる、というのがこれまた若手にとってみたら手術症例を当ててもらえる、ということらしいので(本当は術後管理や上司の顔色伺うことに時間を割くべきではないと思うのだが)術後管理に興味が出るというのは自然な流れなのかもね。
・現職は集中治療医がほぼいないので、心臓外科医と共通言語が持てるのは嬉しいし、心強い味方になってくれるので喜んでレクチャーした内容の一部。なお、ICUにいると術前は目をつぶりがち…改めて術前部分も勉強した次第。集中治療医は勉強しろ、勉強しろ、勉強しろ、勉強しろ…と外科の先生が言っているぞ(http://gekakansen.jp/j_policy.html)。
【参考文献】
Engelman DT, Ben Ali W, Williams JB, et al. Guidelines for Perioperative Care in Cardiac Surgery: Enhanced Recovery After Surgery Society Recommendations. JAMA Surg. 2019;154(8):755-766.
Gregory AJ, Grant MC, Manning MW, et al. Enhanced Recovery After Cardiac Surgery (ERAS Cardiac) Recommendations: An Important First Step-But There Is Much Work to Be Done. J Cardiothorac Vasc Anesth. 2020;34(1):39-47.
Chatterjee S, Arora RC, Crisafi C, et al. State of the art: Proceedings of the American Association for Thoracic Surgery Enhanced Recovery After Cardiac Surgery Summit. JTCVS Open. 2023;14:205-213. Published 2023 Apr 15.
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