PD術後にICU入室することがある。
PDそのものは周術期死亡率が1〜3%、合併症発生率も40%前後と大侵襲手術だからである。
【一般的な膵頭十二指腸切除後の合併症】
SSI:
発生率は10%前後。
深部SSIはIVRによる経皮ドレナージまたは手術による洗浄を要する。
腸管細菌を胆汁に移行させていまうため、術前の胆管カニュレーションがリスクとなる。
創傷保護剤の他、ステント留置患者では第二/第三世代セファロスポリンとメトロニダゾールを併用も検討する(後述)
胃排泄遅延:
発生率は2〜30%。
胃排泄遅延が起こる理由は、十二指腸を切除するために胃の排出を促進するモチリンが分泌されなくなること、手術操作により幽門の迷走神経と交感神経支配が切断されるためである。
定義は3日以上経鼻胃管を必要とする、または術後3日目以降に経鼻胃管を再挿入しなければならないこと、または術後7日目以降に経口食に耐えられないこと、である
対応は経管または腸瘻からの栄養補充しながら保存療法となる。
膵液瘻:
膵臓は柔らかい臓器で、縫合糸をうまく保持できず、その結果リークが起こりやすい。
定義としては、術後3日目以降にドレーン液アミラーゼ値が血清値の3倍を超えていれば、”生化学的漏出”と定義されるが、これだけでは臨床的意義はない。
臨床的には、生化学的漏出にに加えて、期間(3週間以上)や処置を要するか(経皮的または内視鏡的ドレナージや仮性動脈瘤による出血に対して血管造影)、臨床所見(感染、臓器不全、ショック、透析を要する、など)が必要となる。
膵液瘻を検出するために、一般的には膵管吻合部近傍にドレーンが留置されて気室することが多いと思う。外科技術的には、膵液瘻の減少において明らかに優れているとされる手技はない。ICUにおいては、周術期のSSI予防的抗生剤の内容を変えることで発生率が減少したという報告があり、第三世代セファロスポリンとメトロニダゾールが好まれる様(後述)。
胆道合併症(胆汁瘻):
早期合併症には胆汁漏、後期合併症には胆道狭窄がおきうる。
胆汁漏のほとんどは自然閉鎖するが、漏れた胆汁を回収するために経皮的ドレーンを要することがある。胆道狭窄は発生率5%未満で、胆汁漏の部分が胆道狭窄につながると考えらる。吻合部分の緊張や血流などの技術的な点で改善できるようだが、ICUにおいてはその予防方法はない。
出血:
ICUでは早期に対処しなければならない重要な合併症である。
特に、術後24時間以内の早期出血は、手術中の不十分な止血または基礎疾患の凝固障害と関連しており、ビタミンK補充や輸血で対応しつつ、コントロールのために手術または血管造影が必要となる。一方、術後24時間以後の後期出血は、その原因として消化管潰瘍、膵液瘻による血管傷害(仮性動脈瘤)、吻合不全などと関連している。
乳糜瘻:
術中のリンパ管損傷や縫合によって発生する。定義は術後2日目以降にドレーンからトリグリセリド値が110mg/dL以上の乳白色の液体が出ることである。発生率は1〜10%程度で、対応は低脂肪食〜絶食+経静脈栄養による脂肪接種制限、そしてオクトレオチド投与を行う。オクトレオチドを投与する理由は、ソマトスタチンが膵外分泌を低下させることで脂肪吸収を低下、リンパ管を通る量を減らすことができるからである。なお、メタアナリシスでは、ソマトスタチンアナログは膵手術後の合併症を減少させる可能性が示唆されているが、総死亡率は減少しなかった。
内分泌不全:
膵臓切除により、インスリン産生と膵酵素産生が低下しうる。
インスリン産生低下は糖尿病に、膵酵素産生低下は栄養吸収不良を引き起こす。
糖尿病になるかどうかは、切除部位と術前の慢性膵炎の有無により異なる。β膵島細胞は尾部に多く分泌するため、膵頭十二指腸切除術では術後糖尿病発生率は4%〜と低い。
一方で、膵酵素産生低下は約36%に認められ発生率は高い。対応は脂肪肝と吸収不良をスクリーニングして、必要ならば膵酵素補充となるが、(経験上)ICUでは目撃しない。
【術後にピペラシリン・タゾバクタム?】
通常のSSI予防のセファゾリンでは、腸管や胆道に潜む菌株を手広くカバーしない。
しかも、抗生剤の不適切使用で耐性菌も拡大している。
そこで、幅広い抗生剤投与で細菌を叩くことで、術後の膵液瘻や感染などをまとめて下げてしまおうという作戦がとられている。
例えば、セファレキシン(本文と要約が異なるが、セファゾリンの間違い?)をセフトリアキソン+メトロニダゾールに変更することでSSI発生率が減少したという前後比較研究があり(Surg Infect (Larchmt) . 2020 Apr;21(3):212-217.)、徐々に腸内細菌群のカバーをしたほうがよいのでは?という流れになっていたようである。
その中、予防的抗生剤をピペラシリン・タゾバクタムに変更することで術後SSI低下を狙ったカナダの非盲検他施設RCTが、2023年、JAMAに発表されていた。
対象:18歳以上の予定開腹膵頭十二指腸切除術をうける患者
除外:腹腔鏡またはロボット支援による膵頭十二指腸切除、アレルギー等による抗生剤使用制限、活動性感染、何かしらの理由で術後7日以内に抗生剤を使用した、長期ステロイド使用、透析患者、CCR<40ml/分の慢性腎不全患者、妊娠または授乳中
介入方法:切開後60分以内にセフォキシチン(2g静注)またはピペラシリンタゾバクタム(3.375または4.5g静注)を初回投与され、切開閉鎖まで2~4時間ごとに追加投与
対象患者の特徴:参加者の年齢の中央値67.3歳、ASA class3-4が82.9%、糖尿病患者約30%、術前胆道ステント留置58.6%、ネオアジュバント化学療法および/または放射線療法35.1%、BMI<25が40%弱、手術時間は6時間で血管切断なしが80%、ドレーン留置率は80%程度。
主要評価項目:手術後30日以内の、ACS-NSQIPで定義されたSSI発生はピペラシリンタゾバクタム群で有意に低下し、中間解析時点で中止となった(19.8% vs 32.8%, OR0.51[95%CI 0.38-0.68])
副次評価項目:術後敗血症発生率低下(4.2% vs 7.5%, OR0.55[95%CI 0.32-0.92])、C difficile大腸炎発生低下(0.3% vs 3.5%, OR0.07[95%CI 0.01-0.63])、術後膵瘻発生率低下(12.7% vs 19.0%, OR0.62[95%CI 0.40-0.96])。
ざっとしたLimitation:盲検化はされていない、解析は修正ITT解析である、抗生剤投与前後の培養結果は得られなかった、中間解析の計画が変更された、途中でセフォキシチンの投与量が変更された(10/2/2018以前は60kg超の患者にはセフォキシチン2gを、60kg未満の患者にはセフォキシチン1gを投与)、試験途中で、予防目的ではない抗生剤投与がプロトコル逸脱と見なされなくなった(当初は予防目的で24時間を超える抗生剤はプロトコル違反とされていた)、第2世代セファロスポリンであるセフォキシチンは日本では発売中止 、入院期間が7-8日と短い気がする、日本とアンチバイオグラムが違う
【コメント】
・PD術後はICUに入室するものの、あまりアクティブにICUでやることはなく、鎮痛と血糖管理をみつつ、出血を見ているというイメージ。手術が多くないのと、ICUにいる数日では合併症をほぼ目撃しないからだろうか。海外では入院7-8日であるから、そもそもICUに入るかどうかも怪しい。
・術後もピペラシリン・タゾバクタムがオーダーされていて、どゆこと?と思ったら、JAMA2023を外科医に紹介されてびっくり。しかし、読んでみると…ピペラシリン・タゾバクタムが合併症を減らしたというよりは、セフォキシチンが増えているのである。ACS-NSQIPのデータベースでは、何かしらのSSI発生率は20.4%であった。ピペラシリンタゾバクタムの結果とほぼ同等である。むしろセフォキシチン群の32.8%が高い。その上、培養結果がないため、ピペラシリンタゾバクタムを推奨する微生物学的な根拠はなにもない。セファゾリンから変更するか?ということはなんとも言えないが、ここは今後日本のデータベース研究などで後ろ向きに分かることであろう。
・前述の通り、術前に1-2gのセフトリアキソンと500mgのメトロニダゾールを1回投与、手術が6時間超えるなら追加でもう1回だけ投与(Surg Infect (Larchmt) . 2020 Apr;21(3):212-217.)というのがゾシンを温存できる分まだ良いような気もする。
【参考文献】
Simon R. Complications After Pancreaticoduodenectomy. Surg Clin North Am. 2021;101(5):865-874.
D'Angelica MI, Ellis RJ, Liu JB, et al. Piperacillin-Tazobactam Compared With Cefoxitin as Antimicrobial Prophylaxis for Pancreatoduodenectomy: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;329(18):1579-1588.
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