ERASとはEnhanced Recovery After Surgeryの略。
心臓外科ERASとくれば、次は食道術後ERAS。
件数が多い施設においても30日死亡率2.4%(件数が多くない施設だと5%〜)という報告もあり大侵襲手術である。
【食道術後の合併症について】
吻合部リーク
最も多い合併症。食道の血液は分節性分布で、胃側吻合部も右胃大網動脈に依存しており、吻合部の結構支配系統が異なる。よって血流不足からの吻合部壊死、リークの発生率が高い。
リーク後の症状は軽微でせん妄程度となることもあるため、検索閾値は低くしておく必要がある。
食道造影でリークが限局していれば保存療法。
リークが多量ならばソースコントロールが必要。近年は、内視鏡的ステント留置やクリップ、真空療法(EVAC)などの治療で良好な結果を報告もある。例えば、内視鏡的ステント留置は、ケースシリーズにて81%の臨床的効果があった(Ann Surg . 2014 May;259(5):852-60.)。
気管胃瘻孔
吻合部の慢性炎症、または放射線療法などの結果として起こることがある。
難治性の咳嗽や繰り返す誤嚥肺炎などの病像を呈する。
診断としては内視鏡検査(CTでは否定できない)で、治療はそのままステント留置となる。
反回神経麻痺
術直後より声のかすれ、呼吸困難、誤嚥、肺炎などの気道症状が出現する場合には注意。
McKeownアプローチで発生しやすい。
治療法は保存治療で、半数は18ヶ月以内に回復。
乳糜瘻
術中に胸管を損傷すると発生しうる。
胸水のトリグリセリド測定で診断可能、瘻孔部分はリンパシンチグラフィーで確認可能。
治療法は保存だが、免疫不全や栄養電解質異常を起こす可能性があるため量が1L〜または2〜4週間持続する場合には胸管塞栓術あるいは胸管結紮術が必要になる。
心肺合併症
特に心房細動と肺炎。
心房細動はリークの結果として起こることがあるため、術後の心房細動はガードを上げる。
肺炎は、喫煙者・反回神経麻痺・FEV1<60%がリスク。術前の禁煙、有酸素運動を含めたリハビリ指導、硬膜外麻酔の併用、術中肺保護換気で予防する。
慢性期合併症
・吻合部狭窄
・胃食道機能不全(胃排出遅延)
・噴門消失による逆流
・食道裂孔ヘルニア
【食道がん術後のERAS推奨】
術前:
・術前栄養評価と治療をすべての患者に行う(推奨:Strong、Evidence level:Low)
・栄養介入はリスク評価に応じて行う(推奨:Strong、Evidence level:Low)
・栄養高リスク患者では経管栄養による栄養投与が望ましい(推奨:Strong、Evidence level:Low)
食道がんは全がんの中で診断前の体重減少が最も大きい。
診断前の体重減少が10%を超えると、全生存率が大幅に低下するため、術前の栄養評価と治療は必須。評価や介入は栄養士主導で行い、ESPEN/ASPENの各種ガイドラインに準じる。
高リスク患者では経管栄養による術前栄養投与が望ましい。
なお、高リスクとは、具体的には以下のような状態を指す。
・嚥下障害で液体しか通過しない
・意図しない10%以上の体重減少、もしくはBMI<18
・免疫栄養療法のルーチン使用は支持できない(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
免疫栄養療法(Pharmaconutrition)とは、アルギニン付加、ω-3不飽和脂肪酸、ヌクレオチドなどの免疫を強化すると考えられる栄養素を投与する方法のことを指す。
有用性を示した室の高い研究がないため、支持は得られず。
・多職種腫瘍チームによる意思決定を行う(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・食道切除術を受ける患者の周術期ケアにおいて、標準化されたパスウェイを用いた多職種によるケアが有効である(推奨:Strong、Evidence level:Low)
これは病期分類、治療法の選択、緩和ケアの提供などが含まれる。
多職種連携による治療の決定は、食道がん術後の生存率向上を示した研究があり、エビデンスに基づく勧告がより多かった。一方で、上部消化管/大腸がんチームの意思決定内容を分析すると、患者の希望や心理社会的問題を考慮しないために、実際には治療勧告の10〜15%は実施されていなかったという(BMJ . 2010 Mar 23:340:c951)。私見ながら、患者の希望がSurgical Buy-Inされてしまう、ということをケアするために、ACPについても話し合った方が良さそう。
・術前リハビリを行う(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)
ERASの目的は術後早期の回復である。よって術前に生理的予備能を改善しておくことが、術侵襲からの回復を改善するということは理にかなっている。
こちらも心臓外科ERASと同じく、食道がん術後アウトカムを改善したという一貫した結果はなく、介入内容や強度については不明のままである。腹部手術全体では、小規模研究でアウトカム改善を示したこともあり、恩恵を受けられる”可能性がある”という立ち位置。
・手術の4週間前から禁煙、アルコールを大量に摂取する人は少なくとも手術の4週間前から飲酒を控えるべきである。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・主要なケアプロセスと並行して、アウトカムを継続的に組織的に監査することは、日常業務の一部であるべきである。ベンチマークのための組織的、地域的、全国的、国際的なデータセットに貢献する監査を目標とすべきである。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・食道切除術を受ける患者とその家族または介護者は、術後の目標と目的を強調した術前カウンセリングを受けるべきである。 (推奨:Strong、Evidence level:Low)
・特に高齢者では、長時間作用型の抗不安薬は避けるべきであり、手術前の不安を軽減するために短時間作用型の薬剤を使用してもよい。(推奨:Moderate、Evidence level:Low)
・心肺運動負荷試験の結果は、大手術を受ける患者の評価、術前の最適化の指針、術後の心肺合併症の予測、一部の施設では境界線上の患者が切除を受けるべきかどうかの評価に使用されてきた。食道切除患者のリスク層別化における運動由来のパラメータの使用を支持する証拠は、現在限られている。(推奨:Moderate、Evidence level:Low)
・機械的な腸管洗浄は術後合併症の発生率を低下させることはなく、胃再建を伴う食道切除術の前にルーチン実施すべきではない。 (推奨:Strong、Evidence leve: Moderate)
食道切除後に腸管再建を考慮する場合、外科医は機械的腸管洗浄(MBP)を行うことが多い。しかし、コクランのメタ解析ではMBPを受けた患者と受けなかった患者との間で、腸管穿孔、創部感染率、術後死亡率に違いは見られなかった。
・長時間の絶食は避け、術前2時間前までは、高炭水化物飲料を始めとする清涼飲料を摂取できるようにすべきである。嚥下障害やその他の閉塞症状の重い患者には注意が必要である。(推奨:Moderate、Evidence level:Low)
心臓外科や大腸外科ERASでもお馴染みの内容。
しかし、食道切除術に関するデータは不十分であり、特に食道閉塞症状が顕著な患者では、積極的に飲水食事を奨励すべきかは慎重に判断する必要がある。
術式・術中:
・手術タイミングは化学療法終了から3~6週間後、放射線療法最終日から6~10週間後(推奨:Modeate、Evidence level:Moderate)
・低侵襲アプローチは実行可能で安全であり、周術期出血量の減少、肺感染率の低下、入院期間の短縮といった有益な結果と関連している可能性があり、明確な重大なデメリットはないことが示唆される(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)
・頸部吻合部ドレーンは有益性が示されていない(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)
メタ解析では化学放射線療法〜手術までの間隔が長い場合(標準の 7~8 週間以上)完全寛解率上昇せず、長期予後が悪化すると考えられるとのこと。
術式は低侵襲アプローチがよさそうだが、術者の慣れや患者要因もあるのだろう。
・血管が豊富で予後が良好であり、手技が比較的簡便であることから、胃管化胃導管は第一選択肢として推奨される。決定は、食道代替としての各臓器の可能性と限界、短期および長期のメリットとデメリットを認識した上で行う必要がある。(推奨:Strong、Evidence level:Low)
・幽門形成術やその他の幽門ドレナージ術の効果は限定的で、治療成績に及ぼす明確なエビデンスは存在しない。幽門形成術の役割について特定の推奨を行うことはできない。(推奨:Strong、Evidence level:Low)
・食道中下部T1b-T3/4 腺癌に対しては、2領域リンパ節郭清が推奨される。ただし、反回神経リンパ節郭清は含まれない。上部3分の1の扁平上皮癌では3領域リンパ節郭清が推奨されるが、全身状態が良好で、経験豊富な施設で手術が行われる患者については、早期癌であるかどうかにより慎重に選択すべきである。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
食道がんはリンパ節転移率が高く、組織学的亜型によって転移率は異なる。例えば、扁平上皮がんでは腺癌よりも同病期比較で転移率が高い。組織型と発生部位によって手技が異なるようだ。
・揮発性または静脈内麻酔薬による麻酔の維持(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・適切に投与された中間作用型筋弛緩薬(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
・BIS使用(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
・過剰な換気容量を避ける(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
・両肺換気での低 一回換気量(6~8mL/kg PDW)(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
・ルーチンの PEEP [2~5 cm H2O] およびリクルートメントは完全に確立されていない(推奨:Moderate、Evidence level:Strong)
・片肺換気時に高酸素血症は避けるべきであり、軽度の高二酸化炭素血症は許容できる(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
・片肺換気での低一回換気量 (4~5 mL/kg PBW)(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)、PEEP(5cmH2O)(推奨:Moderate、Evidence level:Low)、CPAP(5cmH2O)(推奨:Moderate、Evidence level:Low)
術中の肺保護換気も研究が進み、ICUの設定と変わらない。
違いは片肺換気で、酸素化に関しては、V開始直前に100%酸素→リクルートメント→SpO2を92%に維持できる最低のFiO2に切り替える。
一方、換気に関しては、食道胃接合部に関して、片肺換気の 5mL/kgとPEEP 5cm H2Oの設定は、両肺換気の9ml/KgとPEEP0cmH2Oと比較して、術前術後の炎症性サイトカイン血中濃度上昇が低く抑えられていた。
術後:
・食道切除術後の患者の術後管理は個別に行うべきであり、ICUでのケアは通常必要ない。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
後ろ向き研究では結果のばらつきがあることや、経済的影響などを考慮している様。プログレッシブケアユニット(PCU)という場所も提案している。
・経鼻胃管による消化管減圧は、臨床的に適切であれば術後2日目に抜去する(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
胃管のメリット:呼吸器合併症↓、嘔気嘔吐発生率↓、吻合部合併症↓、消化管拡張↓
これらは、胃管なしvs胃管早期抜去→胃管2日目抜去vs胃管2日目以後抜去の研究結果として、術後2日目に抜去してもそれ以上の有益性が示されなかったということを元にしている。
・胸腔ドレーンは、その使用(期間および本数)を最小限に抑えるべきである。胸腔ドレーンは、空気やリンパ液の漏れがない場合は抜去してよい。中程の位置に1本のドレーンを挿入するだけでも、2本のドレーンを挿入した場合と同等の効果が得られ、痛みも少ない。受動的ドレナージは、能動的ドレナージと同等の効果がある。(推奨:Moderate、Evidence level:Low)
これらの推奨はいずれも胸部術後から外挿されたもの。ドレーンを上下2本vs中部1本の研究もLobectomy後の研究が元になっている。食道以外の胸部ドレーンでは、200ml/dayを下回れば再貯留や再挿入率は増加しないことが示されており、心臓外科術後も200ml/dayは1つの目安である。
・食道切除術後は、3~6日目に目標栄養量を設定して早期に経腸栄養を開始することを強く考慮すべきである。腸栄養補給には、空腸瘻または経鼻空腸/経鼻十二指腸チューブのいずれも使用可能である。(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)
・食道がんの手術を受ける患者にとって、早期経腸栄養の導入は有益である。経腸栄養剤の投与経路については、いまだに明らかになっていない。現時点では推奨できる方法はない。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
使える腸は使う、というのがICUの原則である。
食道切除後も同様で、経腸栄養が吻合部不全の合併症を減らすというデータがあるよう。TPN vs 経腸栄養では、TPN使用にてカテーテル関連合併症が増加し(当然である)たため、やはり使える腸を使うに回帰した。
いつから、ということは不明ではあるが、最初の2日か経鼻胃管ドレナージをするフェーズととらえると経腸栄養は3日目以後〜というのが妥当な模様。
開始時にはFull feedingとして、必要量を投与する。
・1日あたり2kgの体重増加は避けるべきである(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
・ERAS プログラムに参加していない高リスク患者に対しては、目標指向の輸液療法が有益である可能性がある(推奨:Low、Evidence level:Moderate)
・輸液は調整晶質液の使用が推奨される。(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)
Volume overloadの有害性は集中治療の現在のトレンドである。
腹部手術においても組織の浮腫→消化管機能の回復遅延&創傷治癒障害、という有害性を起こす。
腹部手術後においても、輸液量を減らすための研究は複数ある。
例えば、選択的結腸切除術を受けている急性腎障害の危険因子のない患者を、麻酔の誘導〜手術2日後の午前8時まで、尿量0.2 mL/Kg/h(低グループ)または尿量0.5 mL/Kg/h(標準グループ)を目標に輸液を行うオープンラベル非劣性RCTがある(Ann Surg . 2017 May;265(5):874-881.)。
腫瘍評価項目は術後1日目の8〜20時で採取された尿中NAGで、標準グループを10μg/Lと推定し、非劣性マージンは標準グループの15μg/Lの絶対増加または2.5倍の値への増加、とした。(検出力90%、片側t検定、脱落10%で両群20例ずつ)
結果、総輸液量は標準グループ5490ml vs 低グループ3490ml、バランスは標準グループ3840ml vs 低グループ3034mlで、入院率 (5日vs6日,p=0.74)や有害事象発生率(p=0.2)に差がなかった。
ここで尿量は輸液量を調整する1つの目安として登場したが、全体として術後は輸液のStabilization期であり、Fluid loss分の補充、つまり尿量分だけ追いかける(結果として術後〜翌日朝までのバランスが±0になる)という解釈でよさそう。ERASガイドラインでも”実際的には、周術期の輸液は体重増加ゼロを目標として投与すべきである”という表記になっている。
輸液の内容についてはここでは議論しないが、生理食塩水を強く推奨する理由はなにもなくリンゲル液でよい。
・食道切除術後の鎮痛法として、胸椎硬膜外ブロックでの鎮痛を第一選択として考慮すべきである。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・術後の胸椎硬膜外ブロックの代替として、傍脊椎ブロックは有効である。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・術後は、アセトアミノフェンの定期的な投与を考慮すべきである。エビデンスレベル(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・手術の複雑さや難易度、年齢、腎機能を考慮し、個々の患者に合わせてNSAIDS投与を開始する。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・ガバペンチン系薬剤は食道切除術後の鎮痛に有効である可能性があるが、現時点では十分なエビデンスは得られていない。(推奨:Low、Evidence level:Low)
・ケタミンは食道切除術後の鎮痛に有効である可能性があるが、さらなる研究が必要である。(推奨:Low、Evidence level:Moderate)
・マグネシウムは食道切除術後の鎮痛に有効である可能性があるが、さらなる研究が必要である。(推奨:Low、Evidence level:Moderate)
・硬膜外または傍脊椎腔への局所麻酔薬注入を行っていない食道切除術後の患者に対する術後鎮痛において、リドカインの持続注入が有用である可能性はあるが、さらなる研究が必要である。(推奨:Low、Evidence level:Moderate)
疼痛はストレス軽減、呼吸苦緩和、リハビリ促進、栄養摂取、睡眠促進など様々な面で患者のケアに役立ち、有用である。食道がん手術は胸腔、腹腔の2腔へ介入する手術で疼痛範囲も大きい。
ERASの基本的な考え方として、患者のオピオイド消費を最小限に抑えることを主眼にしている。そのため、様々な鎮痛薬を組み合わせることを推奨している。
興味深いのはマグネシウムとケタミン。
まずはマグネシウム。動物実験レベルでは神経侵害性疼痛の原因となるNMDA受容体を拮抗することで鎮痛作用を発揮するといわれている。マグネシウムとプラセボを比較した34のRCTを対象にしたメタ解析では(神経ブロックを使用しているRCTは除外)、VASまたはNRSで表される疼痛スケールが、術後0〜4時間で安静時痛-0.74(99%CI -1.08~-0.48)、術後24時間で安静時痛-0.36(99%CI -0.63~-0.09)と改善した。なお、動作時疼痛には効果がなかった(Anesthesiology . 2013 Jul;119(1):178-90.)。マグネシウム投与から4.4分で効果発揮するが、投与方法については研究によってマチマチで30-50mg/Kgボーラスしてから10mg/kg/hまたは500mg/hで持続する投与方法を採用しているようだ。
次にケタミン。局所麻酔を用いずにケタミン静注を用いたRCTのみを対象にしたメタ解析では、研究の異質性が大きいながら、PONV減少、上腹部/胸部/整形外科手術で疼痛コントロールが改善してオピオイド使用量が低下し(頭頸部手術、歯科手術、扁桃摘出術ではオピオイド使用量は低下せず)、悪夢と幻覚が増加したという(Can J Anaesth . 2011 Oct;58(10):911-23.)。
・術後は、標準化され構造化されたアプローチを用いて、達成すべき毎日の目標を設定し、早期の可動化をできるだけ早く促すべきである(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)。
早期の計画的離床はERASの3本柱の1つといっても過言ではない。
そもそも早期の回復のためのものだから、当然といえば当然である。
ベッド上の安静は、筋肉の衰弱と脱力、肺機能と組織酸素化の低下、インスリン抵抗性悪化、血栓塞栓症や呼吸器合併症のリスク増大につながる。
早期離床のタイミングや方法については十分な根拠がないが、重要な要素は以下のとおりとされている
• 標準化され、構造化されたアプローチ。
• 術前にリハビリテーションプログラムを開始。
• 可能であれば、手術当日に開始する術後可動化。
• あらかじめ定められた目標を達成するために、毎日少しずつ運動量を増やす。
• 可動域の目標と、各活動目標が重要な理由の説明を記載した、患者向けの画像付き資料の提供。
・高リスク患者に対する予防的治療により、PONVの発生率を低減できる。併用療法の使用が推奨される。PONVが発生した場合は、5-ヒドロキシトリプタミン受容体拮抗薬の使用が望ましい。(推奨:Strong、Evidence level:Low)。
・心臓外科手術以外の手術におけるβ遮断薬の予防的投与は、術後の心筋梗塞や上室性不整脈の発生率を低下させるが、脳卒中、低血圧、徐脈、さらには死亡率を上昇させる可能性がある。有益な効果は心臓リスクに関連しているようで、心臓リスクが中程度から高い患者にのみ見られる。現在のエビデンスは、慢性的にβ遮断薬を服用している患者に対しては術後期間もβ遮断薬を継続すること、および慢性的にβ遮断薬を服用している患者は、手術前後のβ遮断薬投与を継続すること、冠動脈疾患の高リスク患者で心臓以外の高リスク手術を受ける患者に対してはβ遮断薬を処方することが推奨されている。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)。
・予防的なアミオダロン投与は、術後の心房細動の発生率を低下させる可能性があるが、現在のエビデンスでは、食道切除術を受けた患者の入院期間、全体的な罹病率、死亡率のいずれも低下させることは支持されていない。周術期の不整脈管理戦略は、患者ごとに異なり、修正可能なリスク要因の軽減、関連する合併症や助長要因の早期発見と治療を目的とするべきである。(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)。
食道切除術後の介入を要する術後心房性心不整脈の発生率は14.5%とされ、術後に新たに発症する心房細動は、術中〜術後の不整脈の中で最も多い。
β遮断薬がPOAFを予防するか不明で、一般論に基づく推奨となっている。
一方、ICUにおけるAF治療に必須のアミオダロンについては、傾向スコアマッチング比較をした研究で、アミオダロン投与によって心房細動発生率が低下した一方で、入院期間中央値や肺合併症発生率、死亡率に有意差は認められず、治療を要する低血圧、徐脈、QT間隔延長を含む複合有害事象の発生率が有意に高いという結果であった。よって予防的投与を推奨するほどのメリットはなく推奨はついていない。
・LMWHによる抗血栓予防と機械的措置を併用することで、VTEのリスクを低減できる。治療は手術の2~12時間前に開始し、手術後4週間継続すべきである。硬膜外カテーテルは、LMWHの最終投与から12時間以上経過してから挿入すべきである。LMWHは、硬膜外カテーテルの抜去後少なくとも4時間が経過するまで投与すべきではない。(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
食道切除術は、症候性静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクが著しく高い。VTEの予防には、機械的および薬理学的対策があり、両者を併用することでその有効性が向上する。機械的対策に関しては、弾性ストッキングは間欠的空気圧迫があるが、両者同等の効果がある。
・術中の低体温は術後合併症を引き起こす。強制送風式保温ブランケット、保温マットレス、循環式保温衣システム、温めた輸液の使用など、体温を正常に保つための対策が推奨される。中心体温を36℃以上に保つことを目標とした体温モニタリングが望ましい。(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
メタ解析では術中低体温症は創部感染 、心臓合併症 、出血と輸血の必要性 、シバリング発生率、入院期間の延長 と相関する。低体温とあるが、具体的には体温が 36 °Cを下回ると効果が顕著になる。
低体温を防ぐための対策には、手術室の温度を21℃に保つ、気道の加湿、輸液の加温、毛布や加温ブランケットで被覆する、循環式ウォーターマットレスや循環式ウォーターウェアを使用する、などがある。
・インスリン抵抗性と高血糖を軽減するために、術前の血糖コントロール、硬膜外麻酔、低侵襲手術、早期経腸栄養が推奨される。血糖値が180 mg/dL以上の場合は治療を行うべきである。(推奨:Strong、Evidence level:Moderate)
・術後イレウスに対して、硬膜外麻酔と体液バランスをほぼゼロに保つ多面的なアプローチが推奨される。術後に投与される経口下剤やチューインガムは安全であり、消化管通過を促進する可能性がある。(推奨:Low、Evidence level:Low)
術後に腸管を早く動かす方法は多面的アプローチになる。
腹部を動かす側への対応として、腸管蠕動薬(メトクロプラミド)は広く使用されているが、術後イレウスに対する効果は証明されていない。腹部手術では、チューインガムを噛むことで胃腸機能の早期回復が促され、術後イレウスが軽減するという複数のエビデンスがあるものの、対象のほとんどは帝王切開や大腸手術に関するものである。食道切除術を受けた患者は含まれないが、コクランレビューでは、術後1発目の屁が出るまでの時間を10.4時間短縮した(95%CI 8.9-11.9)。一部の研究でチューイングガムで悪心・嘔吐やその他の合併症が減少したと報告した研究もあった。死亡率、感染リスク、再入院率には群間で差がなかった。その他、硫酸マグネシウムなどの経口下剤の使用は、結腸切除術後の早期の胃腸管通過を促進する可能性はあるが、これもまた食道切除術後の評価は行われていない。
一方で、腸管蠕動を低下させる側への対応として、オピオイドを減らすよう、疼痛管理を行いつつ、腸管浮腫がおこらないように体液バランスをほぼゼロに維持することは、腹部手術後の腸活動の回復を促進することに関連していた。
・開胸手術を受け、硬膜外カテーテルが留置されている患者では、硬膜外カテーテルの抜去前に尿道カテーテルを抜去することは、特に男性において尿道カテーテルを再挿入するリスクが高い。また、術後48時間以内にカテーテルを抜去すると、尿閉のために再挿入が必要になる確率が高くなる。尿カテーテルを早期に抜去することは検討されるが、カテーテル再挿入の必要性を判断するための患者の膀胱評価には厳格なプロトコルが必要。(推奨:Strong、Evidence level:Strong)
・4日以上尿排出が必要な場合、恥骨上カテーテルを使用すると尿路感染症の発生率が低下する。(推奨:Moderate、Evidence level:Moderate)
【ERAS、臨床現場で意味あるの?】
意味ある、と信じたい(Ann Thorac Surg 2024;117:847-58)。
Mayo Clinicの研究。
何がすごいって、利害関係者をすべて集めて質改善という目標のために一致して動いていること。
”利害関係者には、胸部外科手術の執刀医、研修医、フェロー、麻酔科医(クリティカルケア認定医を含む)、手術室スタッフ、PACU看護師、集中治療室スタッフ、PACU/PCUの看護師長、PCU看護師、臨床看護専門看護師、看護教育者、advanced practiotioner、理学療法士、呼吸療法士、急性疼痛管理専門家、内分泌専門医、栄養士、臨床データ分析者、プロジェクトマネージャーが含まれた。われわれのチームは、標準的な品質改善リーン手法に従い、以下のことを行った。”
1.患者が紹介されてから退院するまでの診療を明確にする
2.主要な利害関係者は、改善のための領域を特定し、周術期スペースを通る患者の流れを図示するために、各周術期エリアでゲンバ・ウォーク(GEMBA Walk)を実施した
3.ERASガイドラインなどの文献に沿ったエビデンスレビュー
4.デルファイラウンドで方針を決定
これらのプロセスで、術前・術中・術後のプロトコルを細かく決定。
結果的に、作成したMERITプロトコルに則った治療をうけた58名は、過去の238名と比較して、主要合併症が54%から35%に低下した(p=0.01)。特にへった合併症は心房細動とイレウスであった。
【コメント】
・ 食道術後のICU管理は診たことがなかった。食道術後は抜管されてICU入室し、何もなければなにもないのだが、合併症が重篤であるため相応に理由があるよう。
・幸いなことに、集中治療科視点で、腹部外科の先生方で性格的に嫌な人に出会ったことがない。「あ、お願いします」ということで任せてくれる人がほとんど。だからこそ、集中治療サイドも謙虚に学習+教えを乞う必要がある。
・質改善のプロセスは多大な努力が必要なんですね。GEMBA walkというのが、日本語の現場からきているというのも驚き。利害関係者を集める→実地調査→フローを可視化→問題点の抽出→問題解決方法の策定→すり合わせ→実行→フィードバック、、、(これって集中治療科の業務じゃない?)。初めるのは大変だが、繰り返せば組織文化に昇華できるかも。
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